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2005年1月

2005/01/31

近場ツーリングのススメ

日曜日は天気が良かったので遠くまで走りに行きたかったが、諸事情より数時間のみのツーリングになった。
そこで、今まで気になっていた所に足を運ぶことにした。
道路上にある案内板に書かれていて、存在はしっているもののなかなか足を運ぶことがなかった袋井市の油山寺である。
なかなか広い敷地の中にあったのは、桃山時代の三塔の一つでもある三重塔。
「目」に御利益がある寺で、紙の上に五円玉を並べて「め」の字を形取ったお供え物が目に付いた。
その後、森町~天竜市~春野町~森町とぐるりを回り帰宅。
近場でも発見があるということを再確認した一日であった。

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2005/01/29

旅の道具 YAMAHA TT250R

DSCN0119国内旅行は基本的にはバイク+テントである。
しかしバイク歴はそれほど長くはない。25歳で取りまだ数年しか経っていない。
バイクの世界というのは、乗るバイクによってその趣は様々であるが、僕はのんびり走り、景色の良いところでバイクを停め、コーヒーを飲み、そして温泉に浸る・・・・はやい話「旅系」ライダーである。
このTT250Rとの出会いはバイクとの出会いそのものであった。
以前から気になっていたバイクで、誰かがくれたら免許を取ろうなどと考え、周辺に漏らしていたら・・・「来た」。
走行距離は短いものの、雨ざらしで駐車させてあったおかげでちょっとイカレていたが、バイク屋で無事に復活。
このバイクを駆り、九州から青森まで、北海道・沖縄をのぞく日本中を旅した。
燃費はいいものの、タンクが小さいので200kmほど走れば給油しなければならなかったが、その車体の軽さを武器に、細い道や山道もどんどん入っていった。
荷台が小さい分、コンパクトにパッキングする技術を身につけたのも嬉しい。

最近はロングツーリングの相棒を他へ譲ったものの、30000キロを共にしたバイクは手放せない。

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2005/01/28

ライン川

d_unionライン川とその支流であるルール川、及びオランダのマース川沿岸には醸造所が多い。
この地域は、工業地域であり人口も多い。二度の大戦ではその土地柄から標的とされ、大きな被害を受けた。
復興に関しても、経済復興の基とすべく、大急ぎで復興を進めたため、他の地域と比べ味気ない街となってしまったのは残念であるが、それも致し方ないことだろう。

炭坑や鉄鋼業、製造業に従事する労働者が多く、今日でも多くの人口を抱える地域であるが、やはり、彼らのノドを潤してきたのはビールであった。
交代制での勤務体系により、朝からビールを楽しむ者もいれば、昼からビールを楽しむ者もいただろう。よってこれらの地域には醸造所が点在し、そうとうな量のビールが生産されたことになる。

今日、これらの醸造所はどれも大きく成長している。何社かは一大コンツェルンに成長し、世界中のメーカーを傘下に納めるまでになった。これはやはり、産業が根付いた地域だけあり、醸造所も投資の対象になり合併吸収を繰り返すことになったことが予想される。
(僕は経済学を修めていませんので・・・・ただの推測です)

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2005/01/27

ビール紀行 はしご その2

何件もの醸造所を巡ると、やはり一軒につき一杯程度にしておかなければならない。
しかし、何かの拍子に一杯で済まなくなるときがある。

ケルンでの一軒目。細長いグラスに注がれた美しいビールを眺め、幸福感に浸りながらビールをゴクリと飲む。
うん、美味い。
ケルンでケルシュを飲んでいる時、空のグラスを置いておくと何も言わずにKellner(店員)がもう一杯のグラスを置いていく。そして綺麗なコースターにチョンチョンと二本の線を書いていく。
これこそがケルシュを楽しむ時の儀式である。(と勝手に考えている)
この儀式はこちらがストップをかけるまで繰り返される。ストップする際には、コースターをグラスの上に置いておけばよいのだ。

隣に座っていた客が、声を掛けてくる。僕の手元にあった醸造所リストが目に入ったらしい。
彼は自分のグラスが空き、店員が置きにくると、「彼にも」と言い、コースターを店員に渡した。
これが一回ならいいが、数回続く時がある。
さらに、こっちもおごってもらってばかりでは悪いので、何回かはお返しをする。
そんな事をしているうちに、もうビール紀行どころではなくなってしまう。

地元客にご注意を・・・。

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ビール紀行 はしご

ビール紀行をしていると、当然の事ながら一日に何件もの醸造所をはしごすることになる。
フランケンの田舎道を自転車でビール紀行したときは、一杯飲んでから次の一杯までかなりの時間があったが、都市部ではそうもいかない。
街によっては「隣」にもう一軒の醸造所だってある。当然、飲んでから隣のドアを開けビールを注文する事になる。

ケルン、デュッセルドルフといった街は、ともにケルシュ、アルトという独自のビール文化を持つ醸造都市として知られている。これらの街は10数軒の醸造所を持ち、さらにその多くが近くにまとまってあるので、ビール紀行をし易い街としてオススメできる。
ただし、ある覚悟が必要になる。

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2005/01/24

停電・・・

ケルンのビール紀行について、大量に書いていたら突然停電しました。

はぁ・・・・・。

また改めて書きます。(T_T)/”

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旅の道具 フレームザック

フレームザックは日本の山に合わない。
これはずっと言われていることで、実際に山へ行ってもフレームザックを見ることはない。
しかし、このフレームザックを10年ほど前に買った。
当時アメリカのナショナルパークに興味があり、ちょっとずつソロ用のキャンプ道具を集めていた。その集大成とも言うべきものがこのフレームザックであった。
最近のアウトドア道具の進化は早いため、現状は知らないが、当時のナショナルパークのトレッキングには、やはりフレームザックがメインだった。(・・というよりも格好が良かった)

これらの道具を背負って佐渡島に渡り、しばらくキャンプして島を一周した。全部歩きではなかったが、山以外を歩くとき、このフレームザックは日本でも充分使える物と判明した。

ちなみに、結局アメリカには渡らずインドに行ってしまった。(笑)
当時集めたソロキャンプ道具は、バイクツーリングでキャンプをする時に使っている。
積荷に限度があるバイクツーリングでは、この小さなキャンプ道具らがベストだ。

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2005/01/21

ビールの定点観測

in_uerigeビール紀行と平行して、意識的に続けていたのは定点観測、すなわち常連になることであった。
醸造所文化のみならず、ドイツの居酒屋文化の中でも特殊のが「Stammticeh(常連席)」の存在であると思う。
この席に座っているのは、何十年もの間、同じ時間に自然と集まってくる常連さんばかり。ここに座ろうなどとは思っていない。しかし、自分だけの居所を勝手に決め、そこに通うようにした。
デュッセルドルフにある某醸造所では、樽の置いてある入口の横にある壁際に寄りかかってアルトを2杯飲んだ。
毎回2杯である。クイ、クイっと飲んだらサッと帰る。長居はしない。毎週金曜日、午後4時頃に出没していた。
店員も2杯目に集金するようになったので、「なんちゃって常連さん」作戦は成功したと言うことにしている。

日本に引き揚げてくる前日に行った。
いつもと違う時間だからか、初めて店員が声を掛けてきた。
「今日はいつもと違う時間だね」

しかし、Stammtischには届かず。

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ビール紀行〜近くから始める

醸造所巡りを思い立ってからは、日頃の行動に変化が起き始めた。
デュッセルドルフに行く回数は増え、毎回違う醸造所に足を運ぶようになった。ドルトムントからデュッセルドルフまでは、学生証に付いている近郊電車半年パスで乗れるので、特別なコストは掛からない。これが幸いした。
さらに、ちょっと追加料金を払えばケルンにだって簡単に行けてしまう。特徴的なビールが楽しめるデュッセルドルフとケルンが至近距離にあったのは本当にラッキーだ。
ドルトムントは醸造量がドイツナンバー1の街であるが、大きな醸造所ばかりで、小さく伝統的な醸造所が無い。しかし、これらの街を訪れることでその欲求は払拭され、楽しいビールライフが過ごせた。

友人達も僕の醸造所巡りを知ると、ここの街にはこんな醸造所があるぞ、と情報提供をしてくれるようになった。彼らの実家近くにある醸造所の話をいろいろしてくれる。
そして必ず言うセリフは・・「オレはここのビールが一番好きだ」
特別に美味い訳ではないと思うが、小さな頃から彼らにとっての醸造所はそこしかない。
オヤジさんは夜な夜なそこに入り浸ってはお母さんに怒られていたかもしれない。
醸造所がサッカーチームのスポンサーになってチームにユニフォームを買ってくれたかもしれない。
醸造所のせがれは実は同級生で、麦芽倉庫で遊んでいたら袋を破ってしまいマイスターに怒られたかもしれない。

そんなたわいもない事を想像しながらビールを飲んだ。

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2005/01/20

ビール紀行を始めた訳

今まで、ドイツ中の醸造所を250軒くらい歩いた。
この軒数は一見多いが、一都市に10数軒の醸造所がある場合もあるので、もの凄い数とは言えない。なによりも、ドイツには1300軒ほどの醸造所がある。
醸造所巡りを意識したのは、1997年の初冬だった。当時住んでいたドルトムントから、デュッセルドルフへ行ったとき、アルトビールを飲んだ事がその長い研究(?)生活の始まりである。
もちろん、アルトビールの存在は知っていたし、ドルトムントでもSchlosserやDiebelsくらいなら飲めた。しかし、その時目指したZum Uerigeの衝撃は忘れられない。
(のちに遊びに来たDunkelながさかも同じ反応であった)
この醸造所のビールは、市場でのビン売りなどはせず、醸造所内または近くのデパートにある直営立ち飲みコーナーでしか飲めない。(ここでビンに詰めてもらうことは可)
その芳醇な味わいは、中央駅まで戻ってもまだ口に残っていた。
さらに、すぐ近くのケルンに行くと、デュッセルドルフのアルトビール(赤褐色)とは全く違い、淡い黄色のケルシュしか飲まれていない。そしてやはりビン売りもせず、醸造所内でしか飲めないビールにも出会った。

いろいろと調べてみると、醸造所内でしか飲めないビールは多いことを知った。
これらのビールを飲むためには、その土地へ、その醸造所へ足を運ぶしかない。

長い長いビール都市探訪が、ここに始まった。

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2005/01/19

旅の道具 ミレーのリュックサック

学生の頃より旅行に行くときは背中にリュックを背負う。
読んだ旅行記の影響か、旅=リュックという公式は既に10代はじめ頃からあったと思う。
初めて手に入れたリュックはミレーのアンナプルナ50というモデルの赤で、水道橋にある「さかいやスポーツ」のバーゲンで買った。既に10年以上の時を共にしている。
ヨーロッパの街角からネパールの山の中、友人と行くスキーなどおおよその旅にこのリュックを使った。
バイクに乗り始めた頃は、これに荷を入れて荷台にくくり付けて、四国を走った。

50Lというと何とも中途半端で、テントを持って山に行くにはちょっと小さいが、海外旅行にはちょうどいい大きさであると解ったのは購入後である。
はじめの頃は自炊の道具なども持っていたため、かなり重かった。しかし、旅の回数を重なるにつれ、リュック上部にある「マチ」にまで荷が溢れることは無くなった。ちょうど肩から腰にかけてリュックを背負う量である。
このくらいの大きさだと機内に持ち込んでも何も言われないが、満載だった頃はチェックインカウンターでよく揉めた。「大きくても軽いのだ」、と主張したら「じゃ、量りに載せなさい」となったり・・・・。

社会人になってからは、旅行の日数も減ったため、更に軽くなったが、その分カメラバックなどが増えている。
60~80L級のザックを買おうとしたが、容量が大きくなれば余分な物まで入れてしまう可能性があるので、購入までは至っていない。
内側がちょっとべたべたしているが、もちろん今でも現役である。

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2005/01/17

白馬へ

急遽白馬へ行ってきた。スキーである。
毎年行っているメンバーの予定が、急にピタリと合い出かけることにした。
スキーは一年に一回やる程度なので、なかなか上手くならないが、このツアーの目的はスキーよりもノミー(飲み)である。
数あるスキー場の中から敢えて白馬47に行くのは、そのゲレンデの上に普通の居酒屋「四十七」があるからだ。山の上だからといって特別に高い訳でもなく、普通の値段で美味い生ビールと肴が楽しめる。
さっきまでスキーをしていた自分が、ブーツを脱ぎ「生中ひとつ」などと声を出しているのが不思議な感覚だ。そして、ほろ酔い気分で「おあいそして〜」なんて言った数分後、ゲレンデの上に立っているのも夢のようだ。
ただし、飲み過ぎると危険なので自制心を要する。ここはそんな大人のための空間であろう。

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2005/01/14

真冬のビール紀行

fenster僕はサラリーマンなので、まとまった休みが取れる時期が限られている。
その期間とはGWや年末年始であり、当然のことながら航空券がバカ高い時期である。
旅費のほとんどは航空券が占めているのだが、現実的にこの時期が一番休みやすい。
航空券の値段は需要と供給のバランスで決定されている。よって高い時期が最高の時期とは限らない。

特に冬のドイツは目的を間違うと最悪である。

美術館や博物館巡り、知人友人を訪ねるといった旅は季節に関係なく楽しめる。冬ならスキー三昧の旅(・・というか滞在)もステキだ。
しかし、旧市街をウロウロし、何となく観光地を見て回る旅は結構辛い。(特に初めての人)
まず寒い。とても寒い。そして暗い。日の出は遅く8時過ぎでもまだ暗い日もあるし、夕方は昼過ぎにやってくる。
ガイドブックの写真のほとんどは最高のシーズンの写真だが、そのイメージとはほど遠い。これでドイツ嫌いになる人もいるとか・・・。(ちなみに写真は午前8時頃の車窓)

しかし、2度目、3度目のドイツ旅行ならば、そんなどんよりとした街の風景を見るのも面白いと思えてくる。
商店街やデパートフラフラし、トルコ料理屋で暖かい茶を飲んだりしていると、その街の住民になった気分になる。

冬のビアライゼ(ビール紀行)は「室内」を巡る旅なので、冬でも夏でも関係無く楽しめるのだが、とても重要な要素が欠けてしまう。

冬はビアガーデンが開いていない

田舎の醸造所を巡る楽しみの一つがビアガーデン巡りである。しかし、残念な事に、この楽しみがスッポリと抜けてしまう。

ちなみに、僕は夏でもビアガーデンに行ける事が少ない。
なぜか僕がドイツに入ると雨雨雨雨雨・・・・・・・・・。

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2005/01/13

旅の道具 iPod

ipod1最近の旅にはデジタルカメラを持っていくことが多くなったが、そんなときに役立っているのがApple iPodである。HD系の音楽プレーヤーとしての頑固たる地位を築いたiPodであるが、僕はこのHD機能に注目し、購入した。
同時に購入したメディアリーダーとともに旅に持ち歩けば、メモリーを気にすることなく写真を撮ることができ、心に余裕が出てきた。20GBの容量なのでよほどの事がない限り満杯にならない。

もちろん音楽プレーヤーとしての機能も最高である。これを持って以降、僕の音楽生活は劇的に変わった。
ちょっと電車で出かけるとき、車に乗るとき、常に自分の持つ全てのCDを持ち歩いてのと等しく、それらがシャッフルされて耳に届くのは今まで無かった感動である。

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2005/01/12

西伊豆へ

izu002伊豆は冬に限る。
毎年冬の間は何度も伊豆、特に西伊豆へ足を運ぶ回数が自然と多くなる。
理由は多くあるが、一番の理由は「富士山が綺麗に見える」ということだ。夏の伊豆もいいが、駿河湾に水蒸気が貯まる事が多く、展望は良くない。そして、富士山自身も冠雪していない。
西伊豆の展望を楽しむため、朝から出かけ、一度南下をする。そして、西海岸を北上すれば左側通行のおかげで海がよく見える。まぁバイクの場合は脇見運転御法度であるが・・・。

この日(1/10)はドイツ在住の日本人の友人とそのパートナーが静岡にやって来たので一日ドライブを楽しんだ。
彼らから提示された「要求事項」は「富士山、温泉、桜エビ、しらす、そしてタップルーム」であった。
夕方にはタップルーム(沼津にある地ビール工房)で何人かと合流の予定であるため、余裕はない。よって先に西伊豆を堪能し、薄暗くなるころに天城峠を越えることにした。

朝、静岡市内の宿へ迎えに行き、本日の日帰りツアーがスタート。もちろんバイクではなく車である。(4人行脚であるのでレガシーを使用)
沼津市内を渋滞も無く抜け、無料となった西伊豆スカイラインの一部区間を船越峠から登る。(一部通行止めの為迂回)上から覗き込むような駿河湾を眺めながらドイツ人の友人が興奮している。富士山も頭だけちょっと見えるではないか。
土肥へ降り、一路西伊豆町の沢田公園露天風呂へ行く。強風には慣れている僕も参ってしまうほどの強風を受けながら、風呂に浸かる。普段はのんびりと下を通過する遊覧船も運休になるほどの強風で、体が冷えそうだが風呂はかなり熱くそのギャップが困る。

松崎街道を東に、さらに414号を北上し河津のループ橋を経て修善寺〜沼津へ。
港の食堂街の寿司屋に入り、何品か注文をする。もちろん桜エビとしらすも注文。

彼らの要求は全てクリアし、その後はタップルームで美味いビールを堪能・・・・と思ったら、運転手で飲めないじゃないか!

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2005/01/10

足助(愛知)へ

asuke01天気の変化を感じた一日であった。
晴天に恵まれた昨日は静岡西部〜愛知東部の山間を走った。(・・といっても車である)
引佐〜鳳来〜作手〜足助と過去何度も通ったルートである。ツーリングマップルで新ルートを開拓して遊ぼうと思ったら、持参したのは「関東編」・・・・。切れていた。
一応カーナビは付いているものの、やはり地図遊びは紙に限る。

愛知県内に入ると所々に積雪の跡がある。そして山の向こうには分厚くて黒い雪雲が見え始めた。
鳳来寺山の門前は、その天気と同じように寒々しい。冬本番の棚田も無の空間となっていて、棚田を紹介する看板が寂しく揺れている。

一変、足助の街並みに行くとそこには華があった。成人式の晴着姿の女性が、中心にある公民館に集まりはじめていた。自分の成人式の記憶を辿りながら「足助の洋食屋 参州楼」でオムライスを食べ、ちょっと散策にでかける。

町中ははやり閑散としている。以前来た時は香嵐渓の紅葉シーズンだったのでもの凄い人出であった。そしてその前は「中馬のおひなさん」(2〜3月:街全体で古い雛人形を公開)でやはり賑わっていた。

分厚い雪雲からちらちらと粉雪が舞い降りてきた。
ワイパーをしなければいけないほどの雪なんて、普通の生活ではまず無いのでちょっと新鮮な気持ちが芽生える。
トンネルを抜けると道路はうっすらと白くなっており、ちょっとビックリした。

静岡県内に戻ると雪雲はサッと引き、ちょっと雨が降っているものの、何故か西日が眩しい。
家に帰る頃には星空が美しい。しかし先日洗車したばかりの車はかなり汚い。

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2005/01/09

旅の道具 カメラ

00501610562一人で旅を初めてから20年くらい経つ。そして10年ほど前の学生時代からは海外にも足を延ばすようになり悩みのタネだったのが「フィルム」である。
一番長い旅で一月半とそれほど長期でワイルドな旅をしたわけではないが、やはりフィルムの数はそれなりになる。当初はコンパクトカメラひとつでフラフラしていたが、だんだんとハマッていき一眼レフカメラを持つようになった。途中からメモ代わりに2メガほどのデジタルコンパクトカメラをサブ機に使っていた。
そして、昨年ニコンからD70が発売されたのを機に、ついにデジタル一眼レフを購入し、現在に至る。

一番変わったことは、「あっ!撮れてない!」「露出があわず真っ暗だ!」といった泣きがなくなったことである。液晶画面で確認できるのでその辺は安心である。
しかし、あの時の「写すぞ!」「しっかり撮れたかなぁ・・」といった気持ちは確かに無くなった。

色んな意見があるが、僕の場合どちらかを天秤にかけると「安心感」を取ったにすぎない。
そして撮影後にPCでいろいろと復習できるので非常に勉強になる。

(ちなみに旅の途中の画像はiPodに取り込み保管している。)

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2005/01/08

ドイツ人達と過ごした正月 3

大晦日は昼過ぎからバタバタと準備を始める。
ある一棟をパーティー会場と決め、そこのバンガローで部屋の装飾をしたり、ちょっとした料理を作ったりと忙しい割に楽しそうである。そう、ドイツ人はパーティー好きであるが、その準備は用意周到そのもので、そっちの方が楽しみのウエイトが高いのではないかと思うのも間違いではないと思う。
何部屋かあるうち、一番大きなリビングの椅子類は全て退かし、料理やテーブルを載せるテーブルだけを置いた。クラブスペースにするのだ。(ドイツ人はダンス好き)
誰かが家からアンプやスピーカーを持ってきており、それもしっかりと設置する。彼の車には二人しか乗っていなかったのはそれらの機材だったことがここで判明。
大きなトランクに中にはCDがギッシリと入っており、「俺がDJだ」と胸を指す。今なら全てのCDがiPodに全て入ってしまうのだが、当時は未だ存在していない。
2つあるベットルームの一つには、椅子を並べ談笑スペースを確保。こちらには小さなラジカセが設置され、ちょっと静かめの音楽を流す。じっくり話をしたいドイツ人も多いので、その辺もしっかり考慮している。
もう一方は「仮眠室兼クローゼット」とされている。みんなのコートやマフラーをこの部屋に閉じこめておくと部屋もスッキリする。

ポツポツと人が集まりだし、自然発生的にパーティーは開始かと思われたが、まずテレビ付けDinner for Oneという毎年12月31日午後7時から始まる古いコントドラマを観始めた。毎年同じ20数分のドラマであるが、毎回同じ所で笑い年の瀬を感じるのだという。

ドンチャン騒ぎをしている最中、新年までちょっとという時にみんなで外へ出る。カウントダウンに間に合うようにみんなでグラスにスパークリングワインを注ぎあい、時計を眺めつつ年越しを待つのだが、皆の時計がきっかりと合っていないので近くの別の集団が花火を上げたら年越し。
花火をドカーンと上げてハグし合う。
だいたいどこか他の集団には素っ裸で外を走り回っている輩がおり、それを眺めつつバンガローに退散。
その後年明けパーティーは明け方まで続いた。

おわり

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2005/01/07

ドイツ人達と過ごした正月 2

翌朝、誰となく起き出して朝食を摂る。ドイツ式の朝食はパンを主食にし、大皿にハム・チーズを並べ、ジャムやマーマレードの瓶も並ぶ。ゆで卵を立てる食器は日本酒の御猪口に似ている。初めの頃、なぜドイツ人の台所には御猪口があるのか疑問に思っていた。(本当の話)
コーヒーを飲みながら長〜い朝食を摂るのが休日の正しい朝食である。

約束の10時近くになると、散歩に行く者は集合し始める。寒いので皆ゴアテックスなどのジャケットに身を包み完全武装である。
バンガローの直ぐ裏手を歩けば海岸に出る。この海岸を散歩しようというのが今日の行事なのだろうか?
10人ほどで歩き始める。すぐにちょっと硬めの砂浜に出て北海の唸りを聞きながら散歩をした。
ニットの帽子をしっかり被り、そしてマフラーで首を防護し歩く。その先を曲がればバンガローに戻る・・・・曲がらない!一行はバンガローを目指さず海岸線をずっと歩き続けた。時折爆笑しながら一行は進む。途中までその笑いの渦に入っていた僕も、さすがに疲れてきて隣を歩くKに質問する。
「散歩に来たのではないのか?」
すると、こいつは何を言っているのだとばかり、「今、Spazieren(散歩)しているじゃないか」
と答えた。
2時間ほど歩いた後、海に面して何軒かのカフェが並んでいる集落(?)にたどり着いた。ここで一時間ほどコーヒーやビールを飲みながら、いろいろと話をする。話といっても議論ではない。「ウチの犬がこの前怪我をした」とか「オヤジの車はそろそろ10万キロ」とかいった話である。

そして「じゃ、行こうか!」
・・と来た道(砂浜)をまたブラブラと引き返し、2時間ほど経ってバンガローに帰ってきた。

所用時間5時間!これはどう考えても我々の思う散歩ではない。しかし皆口を揃えて「これはSpazieren(散歩)だ」と言う。
「散歩は30分以内!1時間以内はウォーキング!それ以上はライトトレッキング!」と勝手に定義。
辞書の訳はあてにならないケースの一例を見た思いだ。
以後何年も彼らから散歩を誘われると、「散歩なのか、ウォーキングなのか、トレッキングなのか?」と聞くが、「一時間以上だからトレッキングだ」との返事しか来ない。
まぁそう言われれればそれなりの覚悟をしていくので問題ないが・・・。

つづく

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ドイツ人達と過ごした正月 1

DSCN0385まだドイツにいた頃、正月はどうしよう、と思っていたら友人達が島へ行くぞ!と誘ってきた。
何しに行くのかと思ったら、年越しパーティーに行くのだ、というのでもちろん参加した。
行き先はオランダの小島。島と言っても橋で繋がっているので島という感覚はない。この海辺のリゾート地は冬季は閑散としているのであるが、年末年始の時期だけはパーティー客でそこそこ賑わいをみせていた。
賑わいをみせていても、所詮冬の北海沿岸。その風景は写真の様に殺伐としており、リゾートとは程遠い雰囲気である。

その島へはドルトムントから車で3時間ほど。当時は既に国境が撤廃された後であったので、知らない間にオランダに入り、あっという間に到着した。

貸バンガローを数軒借り、数人ずつ分かれて投宿したが、荷物を置いたらすぐにそのうちの一軒に集合。
これから数日間の食料の買い出し班、掃除班などを編成し、快適なバンガローライフの準備に入る。そのあたりの計画性の良さはさすがドイツ人!
僕は4人で車2台を使い買いだしに行く事になった。VWとOPELのステーションワゴンである。
近くのスーパーに行き、オレンジジュースやミルクなどをケース買いし、チーズ、ハム・ソーセージ類や野菜も大量に買い込む。さらに隣の酒屋でビールを200本くらい買い、ワインやスパークリングワインをケース買いし、ソフトドリンクもケースで買う。水も数ケース買っただろうか。
そして2台のワゴンが満載になった。

買い物の間、掃除班は家から持ってきた掃除道具を使い、室内の掃除はもちろん備え付けの皿も洗う洗う。
その日は一通り仕事をして、各バンガローで適当にパスタなんかを食べながら話をして、おとなしく就寝。
22時頃、明日散歩に行きたい人は○号棟前に10時集合、などと連絡が回ってくる。
そのあたり時間指定してくるとは、さすがドイツ人!
この「散歩(spazierengehen)」という言葉を辞書通りに「散歩」と解釈していた僕は、翌日大変な目に遭う。

つづく

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2005/01/05

道の駅

ツーリングを楽しんでいるとき、必ず立ち寄るのが「道の駅」である。
なぜかというと、トイレに行きたくなるから・・・・不思議と道の駅の看板を見るとトイレに行きたくなる。
そのついでに道の駅の内部を見て回っているうちに、かなりの道の駅(最近では地元農産物の直売所を併設)を見たことになる。
豊富な野菜類に目をやるとどれも生産者の名や写真が記され「安心・安全」を売りにしていることがわかる。
しかし、一人旅のライダーに白菜丸ごと一個は大きすぎるし、里芋1キロも多すぎる。
買うとすれば食事時に「総菜コーナー」の おにぎり か おこわ を一人分のみである。
道の駅(及びそれとにたような施設)は、バスで通過する観光客、車でやってくる家族連れ・・・いずれも積載能力あり・・・・をターゲットにしているのかな。結局、我々ライダーには缶コーヒースポットになってしまう。

今日のアップは家のマックではない。Winからアップすると機能が豊富なんだということを発見!
びっくりしたついでに「道の駅」にリンクを貼ってしまった。

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2005/01/04

盛岡紀行の目的

bearen今回盛岡に行った最大の目的は、ベアレン醸造所を見学することであった。
開業当初から注目していた醸造所で、今は毎月のようにこの醸造所からビールを買っている。
この醸造所の最大の特徴は100年前の醸造設備をドイツから輸入し、昔ながらの製法でのビール造りをしていることである。煮沸されたビールを冷却するプールの役割をするクールシップなどは近代醸造では使われていない。
それよりも実際に足を運んでみて関心したのは、その価格である。
地ビールは高い、と言われているが、ベアレンのそれは決して高くない。ビールファンでなくても普通に買う価格設定がしてある。ベアレンというと楽天市場での販売がメインかと思ったら、地元での販売のほうが遙かに多いのだそうだ。
「地元の方の冷蔵庫に常に入れてもらえるビールを」という販売目的を掲げ、それに邁進されているベアレン醸造所のスタッフの皆様に敬意を表したい。

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2005/01/03

盛岡紀行

morioka新年明けましておめでとうございます。
今年も健康第一でビールを楽しみましょう。しかし、正月から風邪を引き寝込んでいます。
さて、年末年始は盛岡に行ってきました。
以前東北をツーリングしたときに、八幡平から松川温泉、玉川温泉と走ったことがありますが、市内に降り立つのは初めてです。
名物である冷麺やじゃじゃ麺を食べ、雫石にあるビアフィールドさんへも御邪魔しました。
盛岡市内を歩いていて気が付いたのは喫茶店の多さ。多くの文人を生んだ街だけに、雰囲気にも格がある喫茶店が目に付きました。

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